B:悲哀の魔法人形 アヴゼン
アヴゼンは、ある富豪が所有していた魔法人形よ。
何でも、相当な年代物らしくて、故障がちだったため、所有者に手放されたみたい。ところが、工房で解体処分されようとしたその時、アヴゼンは突然暴れ始め、彫金師を傷つけて脱走した……。
かわいそうだけど人を襲った以上、討伐は避けられないわね。
~モブハンター談
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ショートショートエオルゼア冒険譚
あたしは立ち上がりゆっくりと近づいた。相手はリスキーモブと呼ばれる存在だったが不思議と怖くはない。
「アヴゼン?」
アヴゼンはゆっくり振り向いた。大きな帽子の陰で顔は見えないが丸く光る眼がこちらを見た。
「何をしているの?」とあたしが聞くと
「星を見てたんだ」と子供のような声でアヴゼンは答えた。
「君も僕を壊しに来たんでしょ?」
今度はアヴゼンが尋ねた。それには答えなかった。
「逃げないの・・?」
「うん、この前と違って怖くはない。恐怖にも波があるんだ」
アヴゼンはそういうとまた空を見上げた。
「僕は遥か昔に作られた。よくは覚えていないけれど長い時間が流れたのは分かる」
アヴゼンは話し始めた。
「人は時間の流れを感じるかい?時間は一つ一つ確認するみたいにゆっくり、確実に、優しく流れるんだ。そして長い時間は僕に僅かばかりの自我をくれた」
「みんな自我に目覚めるものなの?」
アヴゼンの隣に腰掛けながら聞いた。
「2代目の持ち主が優しい人でね。大層大切にしてくれた。そして体験を経験として記録し活用できるよう魔法を上書きしてくれたんだ。その魔法と果てしなく長い時間のお陰さ」
そういうとアヴゼンは立ち上がった。
アヴゼンを見上げて聞いた。
「壊されるのは・・・・怖い?」
アヴゼンは大きな顔を向けて言った。
「僕は人形だ。だから痛みは感じない。だけどね、想像してごらん。何百年も当たり前に今日まで在った自分が明日になればこの世界のどこにもないんだ。ねぇ、ないってどういうこと?真っ暗ってこと?存在しないってどういうことなんだろう、そう思った時、僕は確かに怖かった」
「だから逃げたの?」
「それもある。だけど、僕が捨てられた時、故障ばっかりで使えないって言われたんだ。故障ばっかり?僕は愛玩用の魔法人形として作られた。家事や作業用じゃない。魔法人形だって本来ならできない事ばかりを休みなく何年も、手入れもされず動き続けたらそりゃあ壊れるさ。なのにアイツときたら全部僕が古いせい、全部僕のせいにして壊そうとした。僕のせいじゃない、だから逃げ出したんだ。ねぇ、悪いのは僕なのかい?古いからダメなのかい?」
「アヴゼン・・、あなたは悪くなかったと思う。古い事だって悪くない」
なんだか悲しくなって少し声を詰まらせながら言った。
「だけど、あなたは人を傷つけてしまった。身を護るためだったかもしれない。逃げるためだったんだと思う。だけど、あなたのような存在が人を傷つけてしまったら、人はだれもあなたを理解しようとはしないのよ・・・」
「そうだね、わかるよ。長い時間を過ごしてきたからね。」
アヴゼンはいった。
「僕を壊すかい?」
あたしは驚いたようにアヴゼンを見上げた。
「僕を悪くないと涙を流していってくれる君になら壊されてもいい。僕は毎晩考えてた。愛玩人形が愛してもらうべき存在である人を傷つけて逃げ出したって、行くところなんてない。存在できる世界はないんだ。僕は僕の終わらせ方をずっと考えていた」
そういうとアヴゼンは距離をとって立った。
あたしも立ち上がってアヴゼンのほうを向いた。涙が止まらず、まともにアヴゼンのほうを向けなかった。マスターの言う通りだ。何も知らないほうが楽だった。
「アヴゼン・・・。できない」
「いいんだ。君がやってくれないと何も知らないどこかの誰かが、何の感情も持たないで僕を壊してしまう。それは嫌なんだ」
あたしはしばらく動けずにいたが、覚悟を決めて杖を握り直すと聞き取れないほどか細く、途切れ途切れに詠唱を呟いた。
「ありがとう」
アヴゼンが言うと同時に杖を振る。アヴゼンの最後の言葉は閃光と爆音にかきけされた。